八幡市議会議員小北ゆきひろのブログです! 気ままに思いを綴っていきます!
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『たまや~かぎや~』という掛け声は昔の花火屋の名前だそうです。

慶長18年(1613年)8月6日徳川家康が日本で初めて花火を観賞。
日本では種子島の鉄砲に使われた火薬が花火へと発展しました。
家康が見たのは竹筒に火薬を詰めて火を噴くだけのものでしたが、三河地方に残る「手筒花火」はこの名残だといわれています。その後花火は急速に発展し、江戸で開花します。

享保18年(1733年)5月28日両国の大川(現在の隅田川)にて川開き花火大会(隅田川花火大会の原型)開催。そこで活躍したのが日本橋横山町の花火師、鍵屋六代目弥兵衛です。

もともと「鍵屋」は葦(アシ)の管に火薬を詰めて星が飛び出す花火を開発し、商才もあって花火市場をほぼ独占していました。しかし、花火が火事の原因になるため町中では花火禁止令が出され、隅田川の花火だけが許されます。当時は納涼船を出して「鍵屋」に花火を上げさせるのが、豪商たちの贅沢の象徴だったのです。

文化5年(1808年)「鍵屋」番頭の静七が暖簾分けをし、両国吉川町で玉屋市兵衛を名乗る。やがて川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、二大花火師の競演となる 。これを応援するための掛け声が「たまや~」「かぎや~」だったとのことです。

ちなみに、天保14年(1843年)「玉屋」の出火で大火事となり玉屋市兵衛を江戸から追放。
廃業となったそうです。


株式会社 角川マーケティングが作成されている花火大会のカレンダーを参考に様々な場所で、開催されている花火を行儀良く見てください。

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【2010/08/01 19:11】 | 雑記
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