八幡市議会議員小北ゆきひろのブログです! 気ままに思いを綴っていきます!
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問 題129(やわたものしり帳より引用)
古今の文芸作品の中には、八幡が舞台の名作が尐なくない。
その中でも石清水八幡宮の放生会を題材にした歌舞伎の演目があるが、それは次のうちどれか。
○正解を次の(A)~(D)から選びなさい。
(A)裏窓 (B)引窓 (C)天窓 (D)出窓



解 説
原作は、人形浄瑠璃の「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」の中の一幕で、「引窓」は、単独でしばしば上演される人気の歌舞伎作品である。
今ではもう殆どみることはできないが、昔は、多くの家の屋根に明かり取りのための引き窓が仕掛けられていた。綱を引いて開閉する窓のことである。
作品は、この引窓と石清水八幡宮の旧暦8月15日の放生会をうまく絡ませた物語で、サスペンスあり、涙ありの演目である。
題名になっている、引き窓が登場人物の心理を表す道具として効果的に使われている。
放生会は、古来、生き物の命を助けると長命が約束されると信じられていたことから、普段の殺生に対しての供養ための法要である。石清水八幡宮で例年9月15日に執り行われるのがもっとも有名である。かつては、京の葵祭、奈良の春日祭とともに三大勅祭のひとつに数えられていた。


○正 解 (B)

問 題130(やわたものしり帳より引用)
京阪八幡市駅から歩いて5分ほどのところにある神應寺を建立したのは、次のうち誰か。
○正解を次の(A)~(D)から選びなさい。
(A)応神天皇 (B)行教律師 (C)道元禅師 (D)最澄



解 説
神應寺は、貞観元年(859年)八幡神を勧請した行教律師が、応神天皇の霊を奉安して建立した寺である。はじめ「應神寺」と称したが、後に天皇の号をはばかって「神應寺」と改める。
豊臣秀吉が文禄年間(1592年~1596年)に石清水八幡宮に詣でた際、同寺に止宿して200石を寄進したという。秀頼の代に、位冠束帯した秀吉公木像を安置して擁護した。その後、徳川家の帰依するところとなり、末堂分霊の間の行教律師の木像側には、徳川家代々の位牌が安置されている。
山門から続く急な坂道を上ると、正面に本堂が見える。堂内には本尊薬師如来及び日光・月光像、さらに特異な風貌を現した行教律師座像(重要文化財)が安置されている。書院は伏見城の遺構と伝えられ、上段の間に違い棚を設け、金具には菊花・太閤桐、襖と杉戸には狩野山雪の筆による「竹に虎・御所車」(八幡市指定文化財)が描かれている。


○正 解 (B)

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【2010/06/30 23:16】 | やわたものしり博士
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